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「探索の勧め」浦上雅司先生~“Novis2004”より~

2004/06/03

探索の勧め -美術史 浦上 雅司-
「現代藝術探検の勧め」

^近代美術史の基礎を築いた先達の一人ハイインリッヒ・ヴェルフリーン(1864~1945)は、「美術作品の説明」と題された興味深い論文[中央公論世界の名著15『近代の藝術論』所収]で「世界を歴史家として眺めることに慣れた人は、いろいろな物事が、たとえ一区切りごとであっても、源泉とそこから出た流れとしてはっきり目に映じてくるときのあの深い幸福感を知っている。このとき、現にそこにあるものは偶然そこにあるという概観を脱して、いわば成ったものとして、必然的にそう成ったものとして解されることができるようになる。」と述べている。

^この発言は全く正しいと思われる。わたしたちが美術館に行ってそこに展示してあるモノを見るとき、ただ視覚を通じて対象を「生理的に見る」だけではなく、それが何を表しているのか、そしてどうして今見るような形態をとっているのか、それを理解してはじめて、わたしたちは対象を「認識した」あるいは「見た」と納得するのだ。

^これはもちろん、制作者の立場や作品が制作された状況を重視する「歴史主義」的な理解である。これに対して、一つの作品がどの様に受け止められるかは時代によっても地域によっても異なるのだから、それぞれの鑑賞者が対象をどのように捉えるかが重要であるとする「鑑賞優先主義」を主張することもできるだろう。だがそうした「主観的な」鑑賞の妥当性を保証するものがあるだろうか?

^確かに、《アヴィニヨンの娘たち》(ピカソ)におけるアフリカ彫刻の受容に見られるように、異なった文化圏の造形作品の受容から新しい表現が生み出されることはあった。ルネサンス期における古代理解とこの時期に製作された懐古的な作品についても同様のことがいえよう。19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて「表現主義」という藝術運動が起こった時期に、表現主義的な「見方」をマニエリスムや古代末期から中世初期の造形が再評価されたことも間違いない。

^しかしながら、これらの例は何れも、それまで等閑視されていた対象を「正しく見る」「契機」を作るものではあっても、対象の正当な「評価」そのものではなかった。やがてアフリカ彫刻やマニエリスム、中世美術、それぞれの造形について歴史的考察が進むにつれて、対象の評価は変化していったのである。このように考えると、ヴェルフリーンが言うように、「美術作品の[歴史的]説明こそが「美術作品の鑑賞」に他ならないことが納得されよう。

^問題はむしろ「美術作品とは何か」である。「美術館」に収められ展示されているモノは何であれ美術作品と呼んでよいだろうが、今日の美術館には、絵画、彫刻だけでなく、実に様々なものが蒐集・展示されている。ヴィデオや映画はもちろん、ファッションや生活用品も美術館に展示されるし、建築、屋外のインスタレーション、パフォーマンスなど、美術館に入りきれない「美術作品」も少なくない。わたしたちはいわば、「美術のビックバン」とそれに続いて起こった「美術のインフレーション」以後の時代を生きているのであり、わたしたちの美術体験の契機は、これまでになく豊かになっている(もともとArtとは人間の技一般を意味することを考えれば、今日の状況の方が、自然だとも言える。)

^ともあれ、わたしたちは、これまでガクモンの世界ではほとんど等閑視されていた視覚文化の広大な領域がわたしたちの身の回りに広がっていることに気づいたのであり、視覚文化を巡る現代の状況はきわめて刺激的で知的興味に満ちている。新しく発見された「視覚文化大陸」には広大な未開の領域が残されているのだが、これまであまり踏査されていなかった「視覚文化のジャングル」(特に日本のそれ)の一部にわたしたちを案内してくれるガイドブックを、以下、ランダムにごく少数だけ紹介しておきたい。

^こうした現代の視覚文化に興味を持った諸君に求めたいのは、ここに紹介した本を読んだだけで満足するのではなく、是非、美術館に足を運び、あるいは身近な視覚文化現象に関心を持って、自分の目で「鑑賞」し「理解」を図ることである。どのように優れていようともガイドブックは道案内でしかなく、道そのものは、実際に歩いて初めて実感されるのだから。

木下直之 『世界の途中から隠されていること』晶文社 2002年

橋爪紳也 『日本の遊園地』講談社現代新書 2000年

田中聡 『ニッポン秘境館の謎』晶文社 1999年

増田彰久 『近代化遺産を歩く』中公新書 2001年

飯沢耕太郎 『写真美術館へようこそ』講談社現代新書 1996年

柏木博 『日用品の文化誌』岩波新書 1999年

福岡市博物館編 『しあわせ博物館(をトコトン楽しむ)公式ガイドブック』(展覧会カタログ) 1999年

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