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「読むこと、見ること、聴くことの勧め」毛利潔先生~“Novis2004”より~

2004/06/03

読むこと、見ること、聴くことの勧め -フランス文学 毛利 潔-
「愛の妖精」(岩波文庫)

^以前の芥川賞作家の言葉の中に「結局のところ・・・、社会はもはや文学を必要としていないという結論に達した」というような意味の発言がありました。私も、もう何年か前から一つの結論に達しているのですが、それは「結局のところ・・・、学生さんはもはや小説(あるいは、文学?)を必要としていないということです。」・・・などと言えば、これはもうはっきり旧世代の人間の言葉ですから、上の言葉は取り消して、こう言うことにします。「旧世代が文学として考えていたことを、今の世代は新しいメディアを通じて、やはり体験しているのだろう。活字から映像という媒体の変化はあるにしても、若い時代にはやはり、同じことが心の中で起こっているのだろう」と。
^それならば、この欄では、映像メディアの中から、文学と同じことが起こっているものを紹介すればいいのですが、(そして、たしかに、そういうものは映画・VIDEOには多数あるけれど)、やはり立場上、小説を一編だけ紹介しようと思います。
^フランスの19世紀の作だと言えば、今の学生さんにとっては、もはや考古学的領域の作品に違いないけれど、もし次のような話が面白いと感じたら、きっと読む価値があると思います。フランスの評論家が紹介している、たぶん19世紀の英国の小説です。
^中年を過ぎた名うてのプレイボーイが一人の若い女性に生涯初めてといっていい程の恋をします。ようやく、彼女に愛を告白するところまでこぎつけるが、彼女から、「あなたの顔には、これまでの堕落した愛の遍歴が染みついた不純なものがある」と拒絶される。
^そこで男は当時、ロンドンで最も腕の立つ仮面作りの職人に頼んで、自分の顔にぴったりの若い男の仮面を作ってもらい、その男になりすまして再び彼女への接近を試みる。二人はやがて愛し合う。娘から殆んど確信的な愛の告白を聞いて、自責の念にかられた男はすべてを告白しなければならないと思い、自分には本当は君を愛する資格などないのだ、と言って、自ら仮面を剥ぎ取る。彼女はその顔を見て、言葉にならない声をあげ、真青になる。中年男の顔は・・・
自分では気づかないまま、仮面そっくりの若い男の顔になっていた・・・。
^このようなことは、現実には起こり得ないけれども、しかし眼にみえないところでは確かに起こっているはずの心の中の物語なのでしょう。この物語に
「これが愛の錬金術だ」などと、つまらない解説を加えることが教師の悪い癖だから、ここは、何も言わないで、「愛の妖精」には、ほぼおなじことが起こっているとだけつけ加えておきます。
^小説とか文学とか・・・あるいは、経済学・社会学とか、何でも構わないが、
読書の体験が与える最大の効果は、世界がそして同時に自分も変わる、という
世界認識の変化だとすれば、この作品は自分が変わり、また同時に世界も変わる、という読書のプロセスを、そのまま語っていることになります。
^教師は舌が20枚位ないと勤まらないから、3.4年生になる頃には、コロンと変わってきっと別な本を勧めるはずですが、今年度はとりあえずこの作品をお勧めしておきます。

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