「携帯電話の電源オフ」小林信行先生~“Novis2004”より~
2004/04/27
携帯電話の電源オフ -哲学 小林 信行-
コリン・ウィルソン 「超読書体験」(学研M文庫)
^25歳のとき(1956年)に出版した『アウトサイダー』という著書で注目を浴び、それから今日に至るまでの多様な時代にふさわしく、まさにボーダーレスな著述を続けているウィルソンの表題通りの読書体験記。
有名無名、硬派軟派にわたる作者や作品についての明快な語り口は、少しでも読書の楽しみを知る者ならがつい引き込まれてしまうし、またすぐれた案内書がそうであるように、実際には自分でまだ読んだことがない作品でもなんとなく読んだ気にさせてくれる説得力がある。
^イギリス労働者階級出身で、ほとんど独学者だというかれの読書遍歴をささえるものはただただ好奇心だけであろう。まだ世界中が情報過多の中に埋没していなかった頃、地球のあちこちから発信されていた書物という情報は光のように輝いていた。その時代の受信者にとって、ケーブルやアンテナに代わって情報を提供してくれるものは好奇心以外にはなかった。ウィルソンの好奇心は、
^かれの著作からも明らかなように、お上品とは言い難いものがある。また、高名だが難解で面白くもない小説に何度も挑戦して読み解くかれの態度を、単に好奇心と呼ぶことはできないかも知れない。しかし、そのような精神がかれの個性の中核をなしていることは確かである。卓抜な個性をもつものがすぐれた受信者たりえたわけであるが、この点は今日も変わらないのではないだろうか。
^情報は溢れるほどありながら、伝わってくるのは携帯電話からの声やメールだけというのでは、あまりに寂しく孤独な時代ではないか。図書館には読まれずに朽ちてゆく魅力的な書物が山積し、われわれに生きられる時間はあまりにも限られている。他愛もないお喋りだけのケータイの電源を切る勇気をもとう。自分一人でもけっして孤独感に苛まれることのない豊かな世界があることを知ったとき、はじめて他者との出会いやコミュニケーションの真の喜びを知ることもできるだろう。