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2008年懸賞論文:入選作品 「私の大学生活」山田奈津美さん

2008/07/29

私の大学生活

山田 奈津美

^大学生になり、私は初めて電車で毎日通学することとなった。それまでは電車に乗るなんて数年に1度の割合であったため、とても不安だった。いざ乗りはじめると、電車自体には数週間で慣れた。しかし、田舎で暮らしているためいつも笑顔を向けてくれる顔見知りに囲まれていたせいか、乗客がみんな他人で無表情であるのが恐かった。そのせいか福岡そのものさえ冷たいと感じた。今でもその感覚は完全にはぬぐえていない。だが、そのイメージを緩和する出来事があった。まだ大学に通い始めてさほど時間がたっていない頃におきた出来事だ。もう2年以上前の話なのに、まだ昨日のことのようにおぼえている。その出来事とは初老の女性に話しかけられたことである。

日曜日にサークル活動のために大学に行こうと電車に乗ったとき、たまたま隣の席になった女性が話しかけてきた。電車で知らない人に話しかけられるのは初めてであったため、私はとても驚いた。とまどう私にその女性は笑顔を向けてさまざまなことを話してくれた。彼女はカトリック教徒の女性で、カトリック教についての普段聞けないようなことや身の上話などを話してくれた。私自身も学校生活のことや家族のことなどを話の流れに導かれるままに話した。話している時のその女性の笑顔を私は忘れることができない。彼女の笑顔は何の影もない笑顔で、私を近所に住んでいる人と話しているような気分にさせた。たまたま出会った人と話しているような感覚ではなかった。だから、私も楽しくなって話がはずんだ。彼女が電車を降りる時は名残惜しくさえ感じた。それ以来、その女性とは一度も出会っていない。けれど、彼女と話した記憶は私の中に大きなインパクトとして残っている。話したこと自体楽しかったが、それ以上に電車の中で見知らぬ人に笑顔というものを向けられたことがとても嬉しかったのだ。福岡の人は冷たいと思っていただけに衝撃でもあった。こんな素敵な人もいるんだなと思った。

^この出来事は他の人からすればとても些細なことかもしれない。しかし、私にとっては大きな出来事であった。それまで抱いていた「福岡の人」に対するあまりよいとは言えないイメージが大きく緩和されたのだ。私が冷たいと感じたのは表面的なことからであったため、冷たい人ばかりでないのは当然であり、いつかは緩和されるイメージではあっただろう。だが、実際に温かさに触れないとそのイメージというものはすぐには緩和されないものだと思う。その緩和される出来事というものが私にとっては前述した初老の女性との触れ合いであった。あれ以来、大学で会う人々に対しても恐いと感じていた気持ちが緩和された。大学で会う人々に感じていた恐怖心とは「福岡の人は冷たい」というイメージから出てきた恐怖心であったからだ。私にとって、その出来事は大学生活にも影響するほど大きな出来事であったのだ。その女性とはもう2度と会うことはできないかもしれない。しかし、私は彼女に対し、感謝の気持ちを持ち続けたいと思う。

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