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「「坊ちゃん」を読み直す」高木雅史先生~“Novis2005”より~

2005/11/30

教育史  高木 雅史

? 夏目漱石『坊ちゃん』(夏目漱石全集、ちくま文庫〔筑摩書房〕ほか)

 大学生になったみなさんに対して、いまさら『坊ちゃん』を紹介するなんてとあきれる人が多いことだろう。正義感に富んだ直情的で無鉄砲な青年教師である主人公が魅力的な、広く読み継がれている作品であるから。それにもかかわらずここで取り上げるのは、登場人物への共感的理解を中心としたいわゆる「読書感想文」的な読み方ではなく、教育問題の歴史に位置づけて読み直してみると、どんな風に見えるかを考えてみたいからである。

 今日、学校内外でおこる暴力事件などを例に若者のモラルの低下が指摘され、それは現代日本に特有な病理現象であると批評されることが多い。「昔は良かったのに、今の若いヤツは.......」と決めつけられて不愉快な思いをした人もいることだろう。

 しかし<昔はよかった>とすると、およそ百年前(1906年刊行)の『坊ちゃん』に描かれた生徒たちの行動はどのように理解したらいいのだろうか。<旧制中学校と師範学校の生徒たちの紛争事件>(坊ちゃんの日常生活をスパイし板書してひやかした天麩羅事件)<寄宿舎で坊ちゃんの寝床に大量のバッタを混入したバッタ事件>。脚色や誇張があるにせよ、<紛争事件>の場面では数十人規模で投石や棒での殴り合いが行われるという大乱闘の様子が描かれている(ちなみに当時似たような紛争は全国あちこちで起こっていた)。制止に入った坊ちゃんに対して生徒たちは教師であると承知の上で石をぶつけている。<天麩羅事件><バッタ事件>を見ても、詰問されても生徒たちはふてぶてしい態度をとり続け、反省するどころか悪質で陰湿な行為をエスカレートさせている。

 この作品がフィクションであることを割り引いて考えても、はたして百年前の若者は現在よりモラルが高く、悪さをしても節度があり、素直であったといえるだろうか。仮に今日、同じような事件を身近であるいはマスコミ等を通じて目にしたら、私たちはどのように感じ反応するだろうか。<昔はよかった>という見方を問題にするあまり、短絡的に<今の方がいいのだ>あるいは<昔も今もたいして変わっていないのだ>ということを言いたいのではない。昔と今を比べてみて、何が変わって、何が変わっていないのだろう。変わったのは、若者のモラルや行動なのだろうか。それとも彼らを見る大人社会のまなざしなのだろうか。

※この文章は、福岡大学人文学部発行の「Novis 2005」から転載したものです。

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